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【ネタバレ有】私的・こうならよかったドラクエユアストーリー

time 2019/08/15

【ネタバレ有】私的・こうならよかったドラクエユアストーリー

公開直後から大不評で、名だたる歴代のクソ映画の仲間入りをしてしまいそうなドラクエユアストーリー。
僕も公開日に見に行きましたが、仕事終わりにレイトショーで鑑賞したのに直後に勢いでレビューを書いてしまう、
というある意味で大きなエネルギー(負)を生み出せる映画でした。
【ネタバレ有】ドラゴンクエストユアストーリーが自分史上最底辺の評価、という話

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なにがいけなかったのか

今回はかなり個人的な感想および感覚にまみれたレビューです。
個人的にどこが不満で、どうあれば納得できたのか、
あくまでも主題としているものは受け入れつつ書いてみたいと思います。

まず、ドラクエユアストーリーが提示したいもの、
それはよく問題になっている「大人になれ」というウイルス・ミルドラースのセリフと、
その後の主人公の切り返しにあり、
『いつまでたってもゲームは大切』ということだと思っています。

切り返しまでがひとつのメッセージではあるものの、
展開と表現の仕方から「大人になれ」があまりに痛恨の一撃である故にこの部分が大きく印象に残り、
不満の対象となっています。
まず書いておきたいのはここは個人的にそんなに問題ではありません。

そして肯定的なレビューの中に、「ドラクエ5ではなくユアストーリー」であることを挙げ、
ドラクエ5とは大きく違っても問題ないという意見があります。
個人的にはこの意見に大きく反対しています。

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映画の主題と内容がブレている

僕がこの映画を見て受け止めた主題とは、
・子供のころに遊んだゲームの思い出
・大人になって感じる懐かしさ
・懐古することで大人になった自分の糧とする
この流れが最終的に伝えたかったことだと思います。

映画の後半、ウイルス・ミルドラースとのやり取りのなかで主人公は自分がVRの世界にいることを思い出します。
現実世界で主人公はドラクエ5のVRゲームをやっているサラリーマンです。

ドラクエユアストーリーがどうあるべきだったか、という1つ目であり大部分はここ。
『現実世界の描写を大切にし、最後は現実世界で終わるべきだった』ということです。

今回のドラクエユアストーリーでもっとも中途半端だと思ったのは、
最終的にドラクエの世界の中で終わっているという点でした。

理想的な終わり方を考えるなら、最後は現実世界に帰り、
・子供にスーパーファミコンとドラクエ5を買って帰って一緒にプレイする
・子供に奥さんからゲームを買い与えるのは反対されている背景がある
とか、
・仕事の悩みがドラクエ5の思い出で解消されまた頑張れる姿
・付き合っている彼女にプロポーズする勇気が出てプロポーズする姿
とか、
そこまでいかなくても、押し入れの中からホコリを被ったスーパーファミコンとドラクエ5を出してきてプレイするとか、
帰り道でスマホにドラクエ5をインストールするとか、
とにかくVRでプレイしたドラクエ5が現実世界に影響を与えたことを描くべきだったと思います。

現実世界の描写があまりにないために、
ミルドラースとかもろもろ期待していた展開を削ってまでウイルスのパートを入れる必要があったのかとなってしまうわけです。

ドラクエ11のCMはいい意味で話題になるほど会心の一撃でした。
こんな素晴らしいCMを作れた題材がどうしてこんな中途半端なものを作り上げてしまったのか。

「時代は違えど、あの頃、僕らは勇者だった。」

ドラクエ11のCMとドラクエユアストーリーの本当の主人公が置かれている状況はおそらく同じイメージだと思います。
また、昨年スタートしたドラクエVR、先日発表されたドラクエウォーク、
ドラクエユアストーリーは堀井雄二さんのここ数年で描いてる「かつて思い描いたドラクエが現実になる」ということのひとつの集大成と言える表現だとは思います。

どのような結末になるべきだったか

次に肯定的なレビューの中にある「ドラクエ5ではなくユアストーリー」だという点ですが、
ドラクエユアストーリーをこのように解釈すると、映画の本質を理解しきれないのではないかと思ってしまいます。

先述の通り、ドラクエユアストーリーはかつてドラクエ5をプレイした人の物語であり、
映画の中でプレイしているのはVRゲームとして蘇ったドラクエ5です。
つまりあくまでもドラクエ5のストーリーがそのまま展開されなければならないんです。
それは最後の展開を素直に受け入れる要素にもなります。

前回のレビューでも書いたのですが、
僕が将来ドラクエ5のVRゲームだと聞いてこんな内容のものをプレイさせられたらキレます。
大切にしなければならなかったのは、実際にVRゲームとして登場して自分がプレイしたら納得できるのかという点だったと思います。

よく最後のウイルス・ミルドラースの展開ばかりが否定されているのですが、
本質はそこではないと考えていて、
誰もがそこまでの展開に対して「映画の尺があるし仕方ないよな」とかどこかで無理矢理納得させながらストーリーを追っていたということが本質にあると思います。
最終的な「VRゲームをやっていました」というネタバラシの時に、
「まじ?!将来こんなふうに憧れの世界を自分もプレイできたらいいな」と素直に思えないんです。
なぜなら実際にドラクエ5をプレイし愛してきた人たちの酒を飲みながら一晩でも語り合えるような思い出は結婚要素くらいしか劇中に描かれていないんですから。

確かに映画の尺の問題は大いに課題ではあるものの、
しっかり思い出に浸りながら最終的なネタバラシの際にはいつか同じようにVRゲームでプレイできることを夢に見させるような作り方をするべきでした。
かつてドラクエ5をプレイし大人になった人たちは、モンスターにも魔法にも冒険にだって夢を見ることなく現実世界を頑張って生きているんだから、
せめてスクエニとしてVRゲームという新たな夢を持たせるかたちで終わらせてほしかった。

その他細かい点

長々語りましたのであとはストーリーがこうあって欲しかったという点。

①仲間モンスター
ドラクエ5が他のドラクエと比べて異質である点はやはり仲間モンスター。
スライムナイト・ピエールの絶対的な支持と、はぐれメタルやヘルバトラー等5強、
そして成長スピードや上限レベルなどの都合からどうしても連れていけなくなるモンスターとの別れ。
誰でも推しモンスターがいます。
だからこそ仲間モンスターとの出会いや別れは大切に描くべきでした。

②天空城
登場しないっていうのはもはや意味がわからない、という。

③幼少期~パパスの死
尺の都合で一番むずかしいところだったとは思いますが、
やはりパパスの死を嘆くにはあまりに時間が足りなさすぎました。
ベビーパンサーの名付けシーンももっと貯めて欲しかったですね。

④キラーパンサーとの再開
ここは絶対もっとマシにできたはずです。
幼少期をあんなふうな描き方をしているのだから、あと1分、ビアンカとの別れ際にリボンを渡されるシーンを追加して、
ちゃんとビアンカのリボンで気付けるようにするべきでした。

⑤ラストバトル(ミルドラース)
問題のミルドラースの展開。
バクに侵食される展開はあまりに衝撃的でした。

個人的にはミルドラースはちゃんとした姿で登場させて、ミナデインで決着をつけるべきだったと思います。
ジャミとゴンズが一撃で倒される展開含め、あまりにあっさりしたラストバトルですが、やはり希望と絶望の繰り返しがストーリーには必要です。
そこでミルドラースをミナデインで倒し、くちていく体からウイルス・ミルドラースが登場して、
「なにいい歳した大人が、ゲームのラスボス倒したくらいで喜んでんねん。大人になれや」とでも言えば本当に期待を越えて裏をかけたと思います。
もちろんその後の展開は先述の通りに。

⑥トドメのさし方
ドラクエユアストーリーではなぜか最終的にロトの剣が登場してウイルス・ミルドラースを倒します。
ロトシリーズはロトの剣、天空シリーズは天空の剣、というふうに勇者のみが装備できる剣ですが、
ドラクエ5は主人公は勇者じゃないので天空の剣を装備できません。
その配慮をして息子が装備する天空の剣を避けてロトの剣を装備させたんだと思います。

ただドラクエ11のCMにあるようにドラクエはプレイヤーが勇者である(勇者になれる)というテーマがあります。
ストーリー上ドラクエ5では息子が勇者であるものの、ウイルス・ミルドラースとの戦いはどちらかと言うと現実世界のプレイヤー目線でした。
つまり、ここで現実世界のことも受け止めた主人公が、あえて息子しか装備できないと判明した天空の剣を持ってトドメをさすのが本来あるべきシナリオだと思いました。
それが長年描いてきたドラクエのテーマを描くことになったと思います。

⑥音楽・他シリーズ要素
その他、最近のドラクエの悪い傾向がまさかここにも、と呆れてしまった点。
特に印象的なのはドラクエ6の「敢然と立ち向かう」ですね。
ドラクエ史に残る名曲中の名曲であることは十分理解していますし大好きですけどね。
エンドロールもなぜドラクエ5のエンドロールにしなかったのか。
序曲もシリーズによって若干異なるんですが、ね。
ロトの剣も、うん。

終わりに

ドラクエユアストーリーを制作するにあたって、長年断ってきた山崎貴監督と、その山崎貴監督と堀井雄二さんで語り明かしたというエピソー。
そんな記事をみると本当にぞっとしてしまうような「どうしてこうなった」ばかりのドラクエユアストーリー。

「ドラゴンクエスト」生みの親・堀井雄二、映画化で山崎貴総監督にお願いした2つのこと
https://www.cinematoday.jp/news/N0110306

堀井雄二さんとファンの間にはなにか溝ができてしまっているのかもしれません。
ガイアの大穴のようにその先に新しい世界があればまだいいですが、
これがファンの求めているものだと思っていると考えると思うとドラクエ12がどうなるのかとても心配だと思う今日このごろ。

長々と語りましたが、
レビューを見ていると「普段書かないけど今回ばかりは書きたい」というひともちらほらいて、
ここまで書かせるエネルギーを生み出す映画ドラクエユアストーリー。

ある意味すごい。

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